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谷戸商店街協同組合は、旧田無市にあります。田無の地図を見てみるとよくわかると思いますが、実は先が尖がっていて、保谷と東久留米に接している地域。
この商店街の始まりは昭和26年にできた「谷戸商工会」にさかのぼります。当時戦後の復興が始まりかけた頃、今のひばりヶ丘駅はまだ「田無町駅」という名称でした。北側(現在のひばりヶ丘駅南側)に旧陸軍自動車学校の跡地、南側には中島飛行機の工場という中、当時はまだ高い建物もなく、でこぼこで埃だらけの道、まわりは麦畑とのどかな景色だったそう。昭和28年にその工場跡地に田無第4都営住宅が完成。若者が入居し町には活気が出てきました。
その後、昭和34年に東京初の本格的団地として有名な「ひばりヶ丘団地住宅」が完成。そして田無商工会が誕生し、谷戸商工会は「谷戸商店会」に改名されました。
で、今の協同組合組織になったのは、なんと当時世間を騒がせた「三億円事件」がからんでいるのだとか。商店会活動のために銀行の会議室を借りていたところ、この事件のために貸してもらえなくなり、じゃ自分たちで土地を買って集会所を建てよう!ということで昭和45年に谷戸商協が誕生しました。
昭和50年代になると、大型店舗の進出が始まりその都度谷戸商協はもとより近隣の商店会と活発な議論を重ね、六商協議会も立ち上げ、常に協力し知恵を出し合って、さまざまな困難を乗り越えて今にいたっているのです。
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